2008年04月29日

ソルシエール

長い間お休みをいただきました。

このページは『蜂蜜壷』と改称して、自作の詩の朗読を中心にお送りしたいと思います。
第1回は、『ソルシエール』。4月29日の未明、フジコ・へミングさんのピアノを聞きながら書きました。

感想等、いただけると嬉しいです。


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   ソルシエール 

 

 

     T

 

暗い音が向こう側の扉を開く
そして誘う軽やかなリズム
一つの音に一つの心
洪水のなかに沈んでいく心
淀みが流れに変わり
ヴェネチアの仮面(マスク)が笑う
いざなう両手の指たち
十人の魔法使い
ピアノのソルシエール

 

やすらぎという名の
朝露の玉がこぼれる
夜が明ける
鶏が鳴く
草むらに一陣の風
跡形もなく
風はわずかに指紋を残して
そして消える
ラ・ソルシエール

 

柔らかに夜が来る
降る星の中
女王が現れる
妖精たちは踊る
愛すべき光の中で
私たちは美しい酒に溺れて
光とともに笑う
優しい影は今にも消えそうで
光はいつも何か言いたげで
そして黙る
光は幻
影は夢
私もまた誰かの見た夢
夜に生まれ 夜に還る者

 

決然とした赤い唇
青いドレス
踏み鳴らすステップ
壁に花咲き
床にシャンパン溢れ
微笑が花束のように贈られる
城館の一陣の夢
遙か彼方の眼差し
夢ではない情熱
ただし現実でもない

 

悲しいことはいつまでも続かない
楽しいことよりは長いけれども
人生ほどは長くない
悲しいことは忘れられない
楽しいことほどじゃないけど
愛の記憶も
夢の幻
静かに思い出す
混沌の中
無我夢中の記憶の中の
薬指の痺れ

 

マティーニグラスのチェリーを
緑色の酒の中から取り出して
月の光に照らしてみる
滴り落ちるのは
甘く苦い音楽
右の人差し指で叩く鍵盤の
忘れられない疼き
聞こえてくる
私は忘れない
音に封印された
幸せの日々
月明かりは本物
あなたの顔を見せてくれるから
潮騒
そして

引いていく波
寄せて押し返す波
いつしか月の光も
天上に帰って行って
私が眠りに落ちるまで
朝は来ない
私が眠りに落ちるまで
夢は覚めない

 

 


     U

夢を見ることは出来るのだろうか
愛をなくしても
夢を見ることは出来るのだろうか
愛を忘れても
蔦の這う城館の小さな窓から
空を飛ぶ鳥を眺める
空を飛ぶことを忘れても
空は飛べるのだろうか
空の青さを忘れても
空はまだ あるのだろうか

 

愛の哀しみ
愛を忘れたのは哀しいからじゃない
愛は狂おしいから
夢のように 現実のように
ありえない

 

歩く 歩く歩く
ステップ ステップステップステップ
そう
前に進め
思い出し 思い出し
歩けることを思い出し
進め 進め 進め
手に手をとって
そう、回る 回る回る
お辞儀をして 右手を差し出し
両手を取って一歩、三歩、二歩
悲しみと 喜びと 虚しさと 激しさと
何もかもが私についてきて
ただひたむきに ひたむきに
踊る
ひたむきさに すずなりに
私も 何もかもが震えて

 

思い出は杉木立の中
二人で歩いたこと
柔らかい光の中
私は転んで
あなたがしゃがんで
あなたが私を抱きしめて
私があなたの胸に顔を埋めて
光は
私たちに知らん顔で
風も木立を鳴らして
何かがこぼれた

 

私たちは歩いた
杉木立の中
どこまでも続く
時間という名のわたしたちの部屋
薄いとばりが降りて
私たちが口づけて
西風が吹いて

 

思い出は
過ぎ去って
現実は
宝石箱のように
光るもの
過去は
テーブルの上で
暖炉の上で
私の時計は回る
反対に

 

今日より昨日
昨日より一昨日
そしてあの時
私たちが子どもに返り
世界が若返っていく
それは決して魔法ではない
現実のマッチを逆に擦ると
灰が炎になり
炎は形になる
死んだ者は若返り
生きている者はすべて
未来という名の過去に葬り去られて
思い出たちがいつまでも
いつまでも
いつまでも踊り続ける

 

           (ソルシエール 20.4.29.)

 

 


posted by kous37 at 10:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記